福知山公立大学開学記念連続講演会in綾部市
2016年11月26日、綾部市中心市街地にあるITビルで行われた講演会の備忘録。
福知山公立大学開学記念連続講演会の5回目。京都府北部地域の各市町を回り同大学の教員と地域に関する地域や全国のキーパーソンによる講演やパネルディスカッションである。
基調講演は、明治大学農学部の小田切徳美教授。テーマは「田園回帰の時代~未来の希望を求めて~」。
昨年、学会で名刺交換させていただいた小田切先生の講演、公立大学の教員にも就任された半農半Xの塩見直紀さんのご登壇、そして綾部や京都府北部地域の動きをキャッチしておきたいということもあり、足を運んだ。実は先週から福知山マラソン含め4回目の北部来訪である。
12時半ごろ、綾部に到着し、付近をしばらくまち歩きした後、会場へ。受付では久々にお目にかかる公立大学のスタッフとも挨拶を交わす。
13:30開演、冒頭、同大学の説明があったのち、小田切先生の基調講演が始まった。
演題にもある「田園回帰」という言葉は、すでに政府公認の言葉になっているとのことである。
以下、要点並びに考えた点。
・近年の農山漁村移住は若者、ファミリー世代が中心になってきている。なお、女性の農山漁村移住願望がこの10年で特に高まっており、これは子育て世代になっても下がることはない。
・NHK、毎日新聞、明治大学の合同調査によると、農山漁村への移住者はこの5年間で約4倍。ただし、「都道府県の差」「都道府県内の市町村の差」「市町村内の集落の差」という地域差が存在し、「移住者は偏る」ということが明らかになった。ちなみに京都府は多いとは言えないが、そのうち半分以上が綾部市へ移住している。
・移住者の特徴は、(1)2~30代が中心で団塊の世代は少ない、(2)女性割合が上昇、(3)IターンがUターンを刺激と言える。また、第3のパターンとして「孫ターン」が見られる。
・移住者の仕事の割合は「就業」が半数近くと多いが、「起業」「就農」を合わせると全体の3割を超える。つまり自分でコトを起こしている(地域おこし協力隊修了者のケース。2015)。
・また一部で「多業」が見られる。例えば、農業+観光業(ガイドや宿泊業等)+団体職員やNPOといったケース。これは「半農半X」や「ナリワイ」、「パラレル・キャリア」といった概念に通ずる。
・「閉鎖的」「空き家は貸してくれない」「仕事がないから人は来ない」といった農山漁村移住をめぐる「3つのハードル」は変化しつつある。例えば「空き家を貸さない」理由として「仏壇があるから」といった理由で断られることがあるが、実は「家の中が片付いていない」といった理由であることが多く、その問題をクリアすれば上手くいくことがある。こうした各家個別の問題については行政では扱うことが難しい問題が多く、住民主導の空き家対策の動きが全国で見られるが、綾部市は行政がその問題に取り組んでいる例として全国でもトップレベルと言える。
・若者の中に新しい仕事観が生まれてきている。それが先述の「多業」などに見られるが、そうした生き方、働き方をむしろ積極的に選び取っているように見える。
・新しい課題としては2つある。1つは地域と移住者のマッチング。地域も移住者も多様であるがゆえに、ミスマッチが起こりやすい。それを行政ではなく、自治会レベルで行なっている地域も見られる。
・2つ目は移住者のライフステージに応じた支援である。移住後3年までの移住段階では、所得と時間の確保が課題であり、これは地域おこし協力隊制度等がある程度カバーしている。移住後4年から9年となる次の定住段階では「しごと」の安定などが課題となってくる、さらに定住が10年を超える永住段階になってくると大学の授業料等、教育費の問題が出てくる。だが行政の関心は「移住段階」に集中している。移住支援策における「家族目線」が重要である。それには移住コーディネーターの存在が重要である。
・田園回帰の意義とは何か。藤山浩氏の「1%戦略」の論を借りると、1000人の村に1%の4家族10人が移住すると、高齢化のピークアウトを早めることができる計算になる。したがって、「田園回帰」の持続により地域は大幅に若返る。それでも人口は減少する。
・田園回帰の意義とは何か。「地域づくり(地域みがき)」である。地域づくり(みがき)が人を呼び込み、移住者が地域づくりを刺激し、サポートするという循環が起こる。すなわち「田園回帰」と「地域づくり」の好循環である。やはり「前向きにもがく地域」に若者は引き寄せられる。「前向きの人」地域と「愚痴の人」地域との格差は出てこよう。
・最後に。今、地域でなすべきこととは何か。人口減少下でも、地域を磨き、人々が輝き、選択される地域を作ること。人口は増えないが「人財」は増える。それが農山村の「地方創生」の本質だろう。
・その原則は(1)内発性、(2)多様性、(3)革新性である。
後半はパネルディスカッション。パネリストは平田佳宏氏(あやべ市民新聞社経営企画室長)、工忠衣里子氏(里山ゲストハウスクチュール女将)、基調講演者の明治大学教授小田切徳美氏。コーディネーターは半農半X研究所・福知山公立大学准教授の塩見直紀氏。
1 プロフィール紹介
平田氏
・広告代理店で30年勤務。早期退職して綾部にやってきたのは、消費するだけの都会生活に疲れを感じたから。また、食べ物、薬品、環境などに対する疑問と不安を感じたから。
・そんな時に、塩見氏の「半農半Xという生き方」に出会う。昨年綾部に通い詰め、移住することに。
・現在は週3日間あやべ市民新聞勤務、残りは農業。「半農半新聞社」。
工忠氏
・SEとして8年間勤めていたが、2012年、人生に迷い大学院へ。そこで現在のパートナーと出会う。
・パートナーの会社が倒産したのをきっかけに、日本中を回り、移住先を探す。そこ結果綾部に決め、まずはパートナーのみ移住。2015年、ゲストハウスを開く。
・2016年に移住。6月から市職員とゲストハウスの女将とを兼務。
小田切氏(二人の件について感想)
・2人に共通性は3つある。(1)生き方の見直しがきっかけでの移住であること、(2)綾部の魅力に引き寄せられたこと、(3)柔軟な生き方をされていることである。
2 「地域みがき」について
塩見氏
・「3つ集まればマニアックゾーン」ということを提唱している。これはまちなかではいえることだが、農村部でも応用できないかと考えた。
平田氏
・近所のそば屋さん、農家民宿がそれ。いずれも「移住者の基地」になっている。
工忠氏
・オーガニックカフェ等、いくつか集まるカフェ。そこに周りの人が集まってきて、いろいろなことをしている。
小田切氏
・綾部には、必要なものはほぼ揃っている、人が人を呼ぶ。その魅力に人が惹きつけられている。
・移住に至った事例でも、「地域コーディネーターが24時間体制で世話をしてくれたのに惚れた」とか、「移住の先輩に惹きつけられた」とか、「地域のおじいちゃんおばあちゃんの(持っている)スゴ技」といったことが決め手となっていることが多い。
平田氏
・自分の将来を明るいものにするために何をすれば良いのかを考えている人が増えている。それが「孫世代」だと思う。それを発信できるとすればメディアの役割だろう。
小田切氏
・町村レベルだと、各家庭の「孫」をリストアップできる。そこで孫に手紙を書いて、帰ってきてもらうようにラブコールを送るとかもできる。
平田氏
・綾部に来て思ったのは、新聞とラジオが力を持っているということ。世間的には「落ち目メディア」だが、これだけ地域的にそれらが元気なところはない。
・地域紙のシェアの高さ。そこから発信すると「みんな知っている」ということが起こる。
・ネット時代だが、生のコミュニケーション、活字のコミュニケーションが強いと思う。
工忠氏
・周りはIターンの友人が多いが、南丹市の「集落の教科書」のようなものがあれば、Uターン、Iターンしやすいと話していた。こういったものを作っていけたら。
塩見氏
・移住で●万円という移住政策はなかなかうまくいかないと思う。地域の特性を活かした呼び込みが必要。キーワードをあげれば「生きがい」とかがあるだろう。
・一方で綾部の悩みは高校を卒業すると出て行くこと。大学がないまちをどう考える?
小田切氏
・問題は進学で地域から出た後、「帰ってくるか」どうか。帰ってくるDNAを小中学校の段階で作る。また地域の誇りを堂々と語れる社会教育(親のDNA)。公民館運動と大学をどうするかという古くて新しい問題。
平田氏
・これまでの発想だと、「観光客が来そうだから宿を作る」。だが、イタリアのアグリツーリズモのように農村に構えた小さな宿に観光客は車を使ってわざわざ探しながらやってくる。こうして自分流に作り上げる旅を楽しんでいる。「宿そのものが観光地になる」という発想が必要だろう。
・綾部も郷土料理とかをもっと発信したらどうか。綾部の人はおしとやかでPRが下手というのは課題。
小田切氏
・一つ一つが楽しそう、一つ一つが綾部にしかない、というものを磨いて表に出すこと。これが綾部の地域みがきだと思う。二人(のパネリスト)はそれを実践しているし、水源の人に住んでいる人たちもやっている、綾部の人はそれをやっている。それをもって都会の若者たちとぶつかり合っている。そんな思いをしている。
3 最後に
工忠氏
・綾部で幸せに暮らしている。それを発信していきたい。何か関わっていただける人がいれば連絡してほしい。
平田氏
・生活は満ち足りていて、好きになった。来てより一層好きになった。できるだけお金に頼らず、自分たちで作り出す生活。綾部ではそれができる。(その価値観に共感し)若い人たちはきっと来る。目を向けるのは早期退職を考えている人。彼らはお金を持っているので、ハードルも少ないはず。こういう人たちをつかめるか。
小田切氏
・大学と地域の連携というと「大学の専門的研究機関」としての役割や機能に期待しがち。だが、大学にはもう一つ「若者が集う場」という機能がある。地域と共に大学が育つプロセスが大切。
・「田園回帰」は大きなうねりになるか。政治の力でそれが止んでしまうこともありうる。都市と農村が共生する社会とする価値観を共有することが大切。それがないとこのうねりは持続しない。
所感
京都府北部にいる頃から、綾部の魅力には興味を持っていた。
確かに周りの舞鶴市や福知山市に比べると規模も小さく、目立った大きな産業もない。
人口減少も顕著だし、インフラ的にも見劣りする。
今日的な「地方創生」の文脈でいうと、「選ばれないまち」の一つになってしまう。
だが、こうした「20世紀型」の価値観では測れないものが綾部にはある。
今日のパネルディスカッションでも話題になったが「人の魅力」に溢れている。その「人」というのは、地場の人もIターン、Uターンの人も含めて魅力的である。そしてその魅力的な人たちが、自分の世界を持っていて、その価値観を発信している。それに共感した人たちは、まさに「惹きつけられて」この地にやって来る。
そんな、北部赴任当初から抱いていた考えを再確認させてくれる今回の講演会であった。
最近刊行された『驚きの地方創生「京都・あやべスタイル」』でも紹介されているように、綾部には今「風」が吹いている。これが「風」で終わらぬよう、まさに持続的に「人を惹きつける地域」であるために地域で何をすべきか、考え、行動していくことが今後の課題のように思える。
(了)