誠信堂徒然日記

まちづくり、地域のこと、旅行記、教育や社会問題等徒然と。

アートな3日間

実は先週の出来事なのだが、多忙にかまけて1週間経ってしまったので、思い出しながらの投稿。


10月3日(金)、4日(土)、5日(日)とそれぞれ違う場所で、違ったタイプのアート(?)に触れてきたので、それぞれの感想をふまえ、考察していきたい。


10月3日(金)

夜、大阪のアートエリアB1で開催された「とつとつダンスpart.2 愛のレッスン」を見る。

主催の一般社団法人torindoのウェブサイトにもあるように、2010年に舞鶴赤れんが倉庫で上演したダンス公演「とつとつダンス」をきっかけに、舞鶴市内の特別養護老人ホーム「グレイスヴィルまいづる」で始めた「シリーズとつとつ」から続く企画。

この「シリーズとつとつ」のうち、豊平豪さんによる「文化人類学カフェ」にはこれまでも何度も足を運んでいたのだが、砂連尾理さんと西川勝さんによる「とつとつダンス・ワークショップ」には日が合わず、参加できていなかったので、楽しみ。

ダンサーの砂連尾さんとグレイスヴィルまいづるに入居している岡田邦子さんによるダンス(?)、そして間に西川さんのレクチャー(?)が入る。

「わかりあえる」ということがキーワードのような気がするけれど、二人のダンスの意味するところが「わかるか、わからないか」と問われれば、正直「わからない」。でも、退屈することはなかった。自分自身「これはどういうことなのか?」と「わかろうとした」からなのか。


10月4日(土)

ニュイ・ブランシュ KYOTO2014」の企画の一つとして、京都国際マンガミュージアムを会場に開催された「マチデコインターナショナル」を見る。

私が仕事としては京都を離れた2009年に国際マンガミュージアムの建物に映像を照射するプロジェクションマッピングとダンスパフォーマンスを組み合わせたアートイベントとして始まってから今年で6回目を数える。なお、「ニュイ・ブランシュKYOTO」の企画となってからは今年で4回目。

今から10年前、楽洛まちぶら会が、「三条あかり景色」という京都の三条通に並ぶ建物を映像とライトアップで飾る取り組みを始め、3年間続いた。私もこのときメンバーの一員として、この運営に携わった。

このとき楽洛まちぶら会で培ったノウハウやネットワークが現在、先日あった「岡崎ときあかり」に、そして「マチデコインターナショナル」へと引き継がれている。当然ノウハウも作品の質も当時とは比べ物にならないくらい洗練されたものになった。

10年前は「プロジェクションマッピング」という言葉はまだ全く知られていなかったが、10年を経てこのような形で受け継がれていることに感慨深く作品を見た。


10月5日(日)

夕方から福知山に移動し、福知山の北の端、雲原地区で開催された「雲の原っぱ音楽祭」を見に行く。

雲原は、福知山駅から車で20分程度かかる集落。人口減少によって集落から小学校がなくなる等、つらいことも経験しているが、「水車広場」と「みんなの和楽家」をつくり、地域の人や福知山の市街地、あるいは遠方からやってくる人たちの交流の場所を開いたり、「ドラム缶転がしタイムレース」と言ったイベントを企画実施したりと、集落の人たちで地域を盛り上げている。

台風が迫りぽつぽつと雨が降る中、音楽祭の会場となる雲原公民館では、地域の人たちが協力して会を支えてくれている。

公民館の中は「昔の体育館」の雰囲気。そこに手作りでステージづくりや飾り付けがなされ、演奏される福知山市出身の吉田佐和子さんとギター奏者の小畑和彦さんの演奏は心地よく、この日のために作った歌を参加者の皆さんと一緒に歌うエンディングまで公演の1時間半、暖かい気分になる音楽祭であった。


このように、場所も内容も全く異なる「アート」を3日連続で満喫した週末であったが、最近、文化芸術に関する自分の見方に変化が生じている。

大学院で「文化政策」を学んだが、その時は「まちづくり・地域活性化の中で文化をどのように入れていくか、まちづくりの中で文化は、あるいは創造者はどのような役割を果たすのか」といったことが関心事であった。


だが、地方に仕事の拠点を移して6年、多くの創作活動の場に足を運んだり、多くの人の話を聞いたり意見交換をする中で、「地域活性化のための文化を」と考えたり、そのような行動をとることがどうも「薄っぺらで嘘くさく」感じるようになってきた。

「人が減り、産業も衰退する地方だったら逆に『地域活性化のために文化をどう活用するか』という感想を持つのでは?」と思われるかもしれないが、実際そうなのである。

なぜか。それは「人が文化に触れたいと思うのは『地域活性化のため』だろうか」という疑問からである。つまり、地域における文化は単に衰退した地域を活性化させる集客や経済効果のためだけにあらず、ということだ。


文化の受け手は文化芸術に触れることで、「うれしい」「悲しい」「愉快」「不愉快」といった何かしらの感情が起こったり、考えたり、悩んだりと感情や意識の変化を経験することがあるはずである。

またアーティスト等文化の「送り手」は、「今の感情を誰かに伝えたい」「表現したい、発露したい」という感情に突き動かされて創造活動を行うのだと思う(「わがまちをなんとかしたい」という気持ちもアートを媒介にしての表現であろう)。

実は、地域における文化の役割とは、こうした、送り手と受け手の感情の交換ができる機会や場が豊かになることによって、人々の意識や価値観が他者のそれらと相対化される機会が増え、そうした経験をした人が自ら考え、行動することで、それが地域に対してインパクトを与えうるのではないか、という仮説である。

だから「地域に文化を」という場合、「わかりやすい」文化芸術ばかりを準備する必要はないのである。わからないのならば、わからないことを考えたり、悩む中で得られることもあるはずだ。


私の地方に赴任しての問題意識は、「文化環境の乏しい地方で、文化に触れる環境や機会をいかに作っていくか」ということであり、赴任中通しての研究テーマとしているが、「地域活性化」の文脈ではなく、「文化の送り手と受け手との交流と交換の行為による意識や価値観の相対化がもたらす何か」というところから、研究を続けていくつもりである。