誠信堂徒然日記

まちづくり、地域のこと、旅行記、教育や社会問題等徒然と。

博士論文発表会

1月30日、大学で、博士論文の発表の機会をいただいた。

私の論文のテーマは「地域活性化における主体としての中小・小規模事業者の役割に関する研究 ―京都市域を事例として―」である。

論文の内容もさることながら、次の点についても紹介した。

1.なぜこの研究をするようになったのか

・「多様な地域性と地域文化」が薄らいでいるのではないかと思ったからである。生物多様性についても同じことが言えるが、多様性があるからこそ「勁い」社会になると考える。

・まちづくりとは、地域を担う各主体が「公共」を意識した活動を行うことであると思う。そう考えると、「完全な自由競争」「レッセフェール」「市場原理」だけでは成り立たない。かといって、財政難、行政の限界が露わになっている中で、すべての責任を行政に押し付けることは無理であるし、人の要求には際限がない。それが「市民力」低下に結びついたのではないか。

2.研究課題

民主党政権も言っているが、「新しい公共」をいかに作っていけば良いのか、という課題がある。

・論文執筆にあたって、前半の2年間はほぼ現場でのフィールドワークに費やした。そのため、理論研究ができていなかった。担当教官は、フィールドワークの中で、「保護され守られる対象とみなされがちな商店街や伝統産業に携わる人が自らのまちのことを真剣に考え、取り組むところにドラマがある」とお紗った。しかしこれは一般論であり個別事例の域を出ない。それを理論化することが自分の使命だと思ったこと。

・「商店街や伝統産業」のほとんどすべてが属する中小・小規模企業というものをどのように考え、役割を与えていけば良いのか?

CSRの議論は活発にはなったが、中小企業はできるのか?


そこで、中小企業の本質やそのために取られてきた政策について研究する必要があった。

3.残された課題

・「新たな公共」の担い手としてのNPOや、NPOと企業との連携や協働については、長く関心を持ち、現場でもかかわってきたものの、論文で用いた理論から、その課題を導き出すことができなかったこと。

4.新たな関心

・2009年のノーベル経済学賞はオストロムとウィリアムソンが受賞した。オストロムは、いわゆる「共有地の悲劇」を避ける行動がコミュニティにおいて行われていることに注目した。実は自分の研究と結論がそれにわりと近いところにあることが分かった。

・地域政策の中でもたとえば地域産業政策等を見ると、確かにかつての中小企業政策にみられたような「保護政策」的な一面を持つものもある。しかし、例えばその集積によって成り立っている「産地」や「商店街」という「空間」についての政策はこれまであまり存在していない。その結果、それぞれの経済主体の、ある意味「気ままな」経済活動や生活活動によって、「負の外部性」、「共有地の悲劇」をうみだしてきたことがある。

・それぞれの経済主体は、創意工夫と意欲的な事業を行うことが基本だと思っている。その取り組みを支援することや、正の外部性をもたらしたり、地域環境の持続可能性を担保することが政策として求められることだろう。

・だが、「産地」や「商店街」は「公共空間」である。「公共空間」としての地域における、各主体間のガバナンスの確立とそのための政策論が求められるといえよう。

・オストロムは牧場や森林でのフィールドワークによって理論を確立したが、自分としてはそれを「まち」に応用、援用してはどうかと考えている。

そして、研究内容及びプレゼンテーションについて、さまざまな貴重なご意見をいただいた。

主なものを挙げる。

・「地域活性化」というと雇用や産業再生の議論が中心になるが、福祉や医療、教育という「インフラ」の活性化策についても研究してほしい。「NPO」という課題についても言及されたが、そこに期待する。

・あなたの「中小企業政策観」は?「競争政策」か、「規制をある程度設ける政策」か?

・地域に根差した産業が地域で共生しながら持続的に営んできた、という関係を中小企業政策としてバラバラでではなく、地域を大事にするという観点で行われる政策とは何だろうか。

・(「オリジナリティがある」と評価していただいた)「中小企業のステークホルダーと地域との関係」にはその外縁に「自然」があるのではないか。

いずれにしても、良い刺激をいただいた。多忙が重なり、この1年研究らしい研究ができていないが、新たな課題や目標が見えてきた。楽しみでもある。